「かぐや姫の物語」は2013年に公開された高畑勲監督による劇場用アニメーション作品である。
当初は宮崎駿監督の「風立ちぬ」と同時公開という触れ込みで話が進んでいたのだが、結局「風立ちぬ」が先に公開されることとなり「同時公開」は儚い夢と消えてしまった。
あの頃はまだ、高畑勲監督が「そもそも公開日を守る気がない監督」であることを知らなかったので、非常に残念だったが、今思えば「そうでもしないと映画が完成しない」とふんだ鈴木敏夫さんの見事な作戦だったのかもしれないとも思う。
そんな「かぐや姫の物語」の公開当時の思い出を、覚えている内に書いておこうと思う。
キャッチーな特報
「かぐや姫の物語」といえば「姫の犯した罪と罰」というキャッチコピーがそれこそキャッチーであった。「竹取物語」にも一言二言そんなことが書かれていたような気もするが、それが解決するというならこれは見に行くしかない。ということで、高畑勲監督の新作であるという以上の期待感を持って見に行った。
結果的に言うと、高畑監督なりの解答は確かに描かれているのだけれど、ある程度一生懸命見ないとわからないようになっている、といったところだった。
しかもなお、「竹取物語」で描かれなかったかぐや姫の「日常」が丁寧に描かれるため、いわゆる「面白い!」と思う作品にはなっていない(高畑監督作品はどれもそうだが)。
もちろん、かぐや姫が明日そんな日常のなかに「罪と罰」は隠されているのだけれど、まだ「かぐや姫の物語」を見たことのない人に今ひとつおすすめ出来ないのはこういった点が理由になっていると思う。かえすがえすも「竹取物語」ではなく「かぐや姫の物語」であった。
決して泣いてはならなかったオレ
キャッチーなコピーもさることながら、私にとって「かぐや姫の物語」最大の思い出は、映画の終盤も終盤に「あと一歩で」泣きそうになったことである。けれども私はぐっと堪えた。そして堪えねばならなかった。当時まだ20代であったものの、いい年の男が単独で「かぐや姫の物語」を見に行って、涙を流して劇場を出てしまったら公共の福祉に反するだろう。
そう思った私は、もうそこまで出かかっている涙を堪えたのだ。
しかし映画本編が終わり、劇場内が明るくなると、閑散としたレイトショーの劇場内でわんわん鳴いている男がいた。それはきちんと彼女と来ていた若い男だった。
一緒に来ていた彼女はまったく泣いていなかったが、その男はほんとに激しく泣いていた。
私は出かかる涙を堪えながら「分かるぞ、分かるぞ」と心のなかで呟いていた。もしかしたら彼が泣いてくれたから私は泣かずに劇場を出ることが出来たのかもしれない。あの男には感謝である。
共有できなかったあのシーン
さて、私もその男も終盤でぐっと来てしまったのだが、少なくとも私には泣きそうになるタイミングが2度あった。
その一つは二階堂和美さんが歌う「命の記憶」が流れるエンドロールである。
「あなたに触れた よろこびが 深く 深く・・・」と始まる曲に、もうどうしようもなく涙が流れそうになった(もちろん、先述したとおり、公共の福祉のために堪えた)。
これは後日、「かぐや姫の物語」の制作ドキュメンタリー「高畑勲、かぐや姫の物語をつくる。(PR)」を見て知ったことなのだが、「命の記憶」が作られた当時、二階堂さんは妊娠していた。あの曲の説得力は、そもそもの二階堂さんの才能もあるのだろうが、そういった「実感」も前提になっていたのかもしれない。
ただ、どうしても理解が出来ないのだが、私にはもう一つだけ泣きそうになったシーンがあった。
それは物語のラスト、かぐや姫を迎えに来た月世界の住人が現れたシーンである。
そのシーンでは「天人の音楽」という久石譲さんの傑作が流れる。しかしこの曲が極めて不可思議な曲で、初めて劇場で「天人の音楽」を聞いたとき、何やら魂を持っていかれるような気持ちになり、そこで何故か涙が出そうになった。ただ、何故涙が流れそうになったかがわからなかった。少なくとも言葉にならなかった。
そんな思いを抱えていた私は、後日「かぐや姫の物語」を見た友人知人とあのシーンについて話そうと考えていた。
ところがその日は結局やってこなかった。
同年に公開された「風立ちぬ」は概ねみんな見に行っていたのだが、こと「かぐや姫の物語」に関しては誰ひとりとして見に行ったものはいなかった。
後年テレビ放送などがなされたが、あのシーンについて誰かと語ろうという気にはなれなかった。あのシーンは映画館で、しかも所見で、なんの前提知識もない状態で見なければ意味がなかったという思いが、誰かと話すということを拒んでしまった。
別にあのシーンに関して想いを共有できなくても良かったのだが、おいお前ら、高畑勲監督の新作なんだからちゃんと見に行けよ。結局遺作になってしまったではないか。
以上のことが、現状で覚えている「かぐや姫の物語」公開当時の思い出である。やはり、公開直後に友人知人と語り合えなかったことが心残りである。だからこんなところで誰が読むかわからないような文章を書いているのかもしれない。
ああ、高畑監督の新作が見たかった。
この記事で使用した画像は「スタジオジブリ作品静止画」の画像です。
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