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崖の上のポニョ】雑学&豆知識集

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「崖の上のポニョ」は2008年に公開された宮崎駿監督による劇場用アニメーションである。

今回は「崖の上のポニョ」に関する雑学、豆知識をまとめていこうと思う。必ずしも本編を楽しむために必要なものではないが、中な興味深いものも含まれて居ると思う。

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崖の上のポニョ」の雑学&豆知識集

ポニョの初期案はカエル。

本編に於けるポニョは魚の子、金魚姫であったが、最初起案ではカエルだった。

この事実は宮崎監督本人の口からも語られているが、初期の設定画でも確認することが出来る(「ポニョはこうして生まれた(PR)」というドキュメンタリーで僅かに写っている)。

出典「ジブリの教科書15 崖の上のポニョ(PR)

ポニョのモデルは作画監督の娘。

ポニョのモデルは作画監督の近藤勝也さんの娘さんである。さらに、ポニョの父であるフジモトのモデルは近藤勝也さん本人となっている。

宮崎監督の中での意識も確固たるものがあったようで、アフレコの現場でも「近藤くんはこうなんだ」という支持を出していたそうである。フジモトの少々やつれて疲れたような有り様も、宮崎監督からみた近藤さんのイメージが元になっているようである。

出典「ジブリの教科書15 崖の上のポニョ(PR)」、「続・風の帰る場所(PR)

フジモトはノーチラス号の元乗組員。

本編中はウバザメ号と呼ばれる潜水艇を操縦していたフジモトだが、彼にはかつて「海底二万里」に登場するネモ船長のノーチラス号唯一のアジア人乗組員だったという設定が存在している。

フジモトは海洋の生態系を深く愛し、その逆に人間の破壊的な側面をひどく嫌っている。ノーチラス号での日々が、彼のそういった人間性を形作ったということなのかもしれない。

きっとグランマンマーレにもその頃に出会ったのだろうが、まさに海の神秘を感じたことだろう。

出典「ジブリの教科書15 崖の上のポニョ(PR)

宗介の名前は夏目漱石の小説から取られている。

主人公の名前「宗介」は、夏目漱石の「門」の主人公の宗介からつけられている。

宮崎監督は「ハウルの動く城」の公開後に、瀬戸内海の鞆の浦(とものうら)の空き家に二ヶ月ほど滞在しており、そこで空いた時間に夏目漱石の作品を読み漁っていた。

「崖の上のポニョ」の題名の初期案も「崖の下の宗介」であり、それは「門」の宗介が崖の下に暮らしていることに由来する。

出典「ジブリの教科書15 崖の上のポニョ(PR)

ポニョが魚に戻ったのはグランマンマーレの魔法の影響。

ポニョは物語の終盤、トンネルを通っているうちに半魚人の姿になり、トンネルを抜けた後には魚に戻ってしまう。

本編では明確に語られてはいないが、あれはグランマンマーレの魔法の影響である。グランマンマーレが貼った結界に入り込んでしまったためにポニョはもとの姿に戻ってしまったのである。その事実に気づいていたのでポニョはトンネルに入るのを嫌がったということになる。

またそんな結界を張った理由は「ポニョの本当の姿を宗介に見せるため」ということになるだろう。宗介がポニョの本性を知っても好きでいられるかどうかを試すために、グランマンマーレはポニョを元の姿に戻したのである。

出典「ポニョはこうして生まれた(PR)

ポニョは魚の匂いがする。

ポニョがフジモトのもとを二度目に脱走し、人間の姿になって宗介に再開を果たすシーンがある。

そこでポニョは宗介を強く抱きしめるのだが・・・この原画の手直しをしていたときの宮崎監督が、ポニョは魚の匂いがするということを冗談めかして語っている

宗介は人間の姿になったポニョを自分が助けた魚だとすぐさま気がつくが、あのロマンチックなシーンの裏には「魚の匂いがした」という事実があるということをスタッフのみんなと笑い合っていたのである。

これは公式設定というよりは、その場の冗談であると見るべきことだが、これを知るとあのシーンの見方が一つ増えて楽しいのではないだろうか。

出典「ポニョはこうして生まれた(PR)

グランマンマーレの正体はチョウチンアンコウ。

「崖の上のポニョ」の雑学で最も衝撃的と言えるのが「グランマンマーレの正体はチョウチンアンコウ」という事実だろう。これは宮崎監督本人の口から語られている。

この件に関しては個人的に考えたことを以下の記事にまとめている。

崖の上のポニョ】グランマンマーレの真実と宗介に託した未来-宮崎駿男の悲哀シリーズ③-崖の上のポニョ」は2008年に公開された宮崎駿監督による劇場用アニメーション作品である。公開当時のことを思い出すと、妙に「子供向け」と...

出典「続・風の帰る場所(PR)

宮崎監督は「ワルキューレの騎行」をガンガンかけながら制作準備を進めていた。

宮崎監督は自らのアトリエで行われていた「崖の上のポニョ」の制作準備期間に、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」をかけまくっていた。

様々なイメージボードを描いていたのだが、中々決定だとなる絵が描けないでいた。そんな監督だったが、「ワルキューレの騎行」が流れる中で生まれたのが「ポニョ来る(ぽにょくる)」というイメージボードだった。

真っ黒な波の上に立つポニョという構図の絵だったが、本編における波の上を走りながら宗介に会いに来るポニョの最初のイメージとなる絵だった。

「崖の上のポニョ」を見るたびにポニョの執念には頭が下がるが、あのシーンに「ワルキューレの騎行」がかかっていると考えると頭が下がるというよりはもはやホラーである。

ちなみに、ポニョの本名である「ブリュンヒルデ」は北欧神話に登場するワルキューレ(ヴァルキリア)の名前である。

出典「ポニョはこうして生まれた(PR)

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「ジブリ作品」と聞かれたら「平成狸合戦ぽんぽこ」と答えることにしている。

この記事で使用した画像は「スタジオジブリ作品静止画」の画像です。

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北国出身横浜在住の30代独り身。日頃は教育関連の仕事をしていますが、暇な時間を使って好きな映画やアニメーションについての記事を書いています。利用したサービスや家電についても少し書いていますが・・・もう崖っぷちです。孤独で死にそうです。でもまだ生きてます。だからもう少しだけ生きてみます。
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