「秒速5センチメートル」は2007年に公開された新海誠監督による劇場用アニメーション作品である。
今回は「秒速5センチメートル」本編中に登場した個人的名言、名台詞を集めてみた。「秒速5センチメートル」の特徴は妙に意味ありげで文学的なモノローグだろう。なにやら押井守作品の長台詞にも通じる気がするが、秒速を秒速たらしめている重要な要素である。きっと「秒速5センチメートル」は言葉の物語だったのだろう。
そんでもって、「秒速5センチメートル」にはきちんと英語版が存在しているので、あの意味ありげな台詞が英語でどのように表現されているかも調べてみた。
ちなみに、新海作品には必ず英語の副題がついているが「秒速5センチメートル」の場合は
となっている。
*以下の英語表現は市販のBlu-ray(インターナショナル版)の英語字幕をもとにしています(吹き替えも一部参考にしています)。
「秒速5センチメートル」の名言、名台詞と英語表現
遠野貴樹の名言、名台詞と英語表現
「窓の外の見たこともないような雪の荒野も、ジワジワと流れていく時間も、痛いような空腹も、僕をますます心細くさせていった。」
The unfamiliar wilderness covered by snow outside the window, and thme passing slowly, and the stomachache caused by hunger, all of which made me feel insecure.
なんとも「秒速5センチメートル」らしい台詞回しだが、一言でまとめると「寒くて腹減って寂しい」ということだと思う。
このように言ってしまうと元も子もないように思えるが「寒さ」と「空腹」は人間精神に著しいダメージを与えるものであり、極めて本質的な感覚である。
妙な思考にとらわれないためにも、体を温め、可能な限り食事を摂ることは大切なことである。貴樹もカイロとサンドイッチを持っていくべきだった。できれば水筒に温かいお茶を入れておけばあんな文学的なモノローグは生まれる事はなかっただろう。
英語表現としては「insecure」だろうか。「insecure」は「不安定な」とか「不安な」といった意味になる。「I feel insecure.
」で「私は不安です。」となる。不安な対象を明らかにしたいなら「insecure about~」とすれば良い。
ちなみに吹替版では「The unfamiliar snowy wasteland outside the train. The wait time crawled along. Painful hunger, I felt. Slowly it made me feel more helpless.」となっている。
少なくとも「stomachache」よりは「painful hunger」の方が状況をよく表しているように思える。
「明里。どうか、もう・・・家に、帰っていてくれればいいのに」
Akari. Please don’t wait. Please… . I wish you had gone home already.
これを我が国の通常の言葉で言い直すと「頼むから駅で待っていてくれ」になるだろう。実際問題帰られていた日にゃあ目も当てられなかっただろう。待っていてくれたことは幸運なことであったし、彼も実際にそれを望んでいたに決まっている。こういう斜に構えた「文学的表現」が「秒速5センチメートル」の特徴だろう。
ただ・・・そこにある自分の気持を直接、素直に表現することはとても大事なことである。そこにはなんの文学性もないし言葉の美しさもない。でも「本当のこと」がある。長い目で人生を考えた時、そいう「本当のこと」の積み重ねのほうが「文学性」や「美しさ」よりも大事なことだと思う。
まあ「文学的になる能力がない」というのもどうかとは思うが。
英語表現としては「I wish」がポイントになるだろうか。少なくとも我々が学校で学んだ常識に照らし合わせると「I wish + 過去形(過去完了形)」は「実現性が低いこと」に対して使うものである。ということは・・・、この英語表現的には裏を返すと「明里はきっと待っている」という貴樹の確信がうかがえることになる。そしてそれで正しいだろう。うまいこと人物の心情を捉えている英語表現になっているのではないだろうか。
ちなみに吹替版では「Please, please just, it’d be better if you just went home」となっている。モノローグであることも加味すると、字幕版のほうが個人的には好きである。
「僕たちの前には、巨大すぎる人生が、茫漠とした時間が、どうしようもなく、横たわっていた。」
The weight of our lives ahead… The uncertainty of our future hung over us.
これも通常の言葉に変換すると「やばい!俺たち今盛り上がりすぎてる!これからどうしよう!」となるだろう。貴樹の方はクソ寒い中の不必要に長い移動の後だったし、明里もずっと駅で待っていた。二人にとってほぼ無限と思える時間だっただろう。その上での再開という状況は無駄に劇的な上に、いやが上にも気持ちを盛り上げた。
もはやその後の日常などというものが想像できなかったに違いない。というかあの後ささやかな日常を共有したところで平凡すぎて飽きてしまったことだろう。恋というものは静かに始まり、日常の中で育まれるに越したことはない。
ただ・・・良いモノローグだよね。これぞ秒速!
「英語表現」としては「hang」だろうか(「hung」は「hang」の過去形)。「hung over」だと「二日酔い」などの意味になるが、今回は「hung / over me」という形できれている。自動詞としての「hang」は「垂れ下がる」などという意味になる。つまり「僕たちの前に垂れ下がっている」という意味になる。
吹替版では「Our lives, not yet fully realized the vast expense of them. They lay before us and there was nothing we could do.」となっている。
「ただ生活をしているだけで、悲しみはそこここに積もる。日に干したシーツにも、洗面所の歯ブラシにも、携帯電話の、履歴にも。」
Even if I do nothing, sorrow gathers around me. It is everywhere. On my sheets, toothbrush…and on my cell-phone, too.
これもなんとも意味ありげなモノローグだが、現実の世界でこのような状況になった場合、我々の頭の中にある言葉は「はぁ~、はぁ~、あ~~~~、はぁ~~~~~~」といったため息であり「悲しみはそこここに積もる」などという洗練された言葉が想起されることはないだろう。
逆に考えると、あの時の貴樹は結構やばい状況にあったわけで、ギリギリ新たな一歩を踏み出して会社をやめたことは本当によい判断だったと言えるだろう。あのままでいたら何かしらの疾患に倒れていたかもしれない。
結果的にフリーランスとして独立できるくらいの実力があったわけだから「怪我の功名」とも言えるかもしれない。
1000回メールしたらしいあの人は、結構でかい魚を逃してしまったのではないだろうか。
字幕については特に面白い表現はなかったが、吹替版では「As I went about my life, bits of sadness had piled up here and there, on the washed sheets, on the toothbrush by the sink, on the cell-phone’s call history.」となっている。
「went about my life」はあまり聞き慣れない表現だと思うが、「go about one’s daily life」で「日常生活を送る」となる。また「pile up」は自動詞的には「積み上がる」、他動詞としては「積み上げる」といった意味になる。
その他の名言、名台詞と英語表現
貴樹の台詞(モノローグ)はどれ一つとっても無視できない魅力があるが、個人的なコメントが上述のものと重複しそうなもとを以下に列挙する:
「たった1分がものすごく長く感じられ、時間ははっきりとした悪意を持って、僕の上をゆっくりと流れていった。」
Every minute dragged by. Each moment felt heavy with obvious evil intent. I could feel the time slowly creep over me.
「drag by」で「だらだらすぎる」、「creep over someone」で恐怖などが人を「襲う」となる。吹替版では「Each and every minute felt dreadfully long. Time, clearly had evil intensions. Above me, it’s slowly flowed away. 」となっている。
「その瞬間、永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか、わかった気がした。」
At that moment… everything seemed to become clear about the eternity, the spirits and the souls.
吹替版では「And right then I felt like I finally understood where everything was. Eternity, the heart, soul.」となっている。「It feels like~」で「~のような気がする」と言った意味になる。
「でも、僕をとらえたその不安は、やがて緩やかに溶けていき、あとには、明里の柔らかな唇だけが残っていた。」
Soon… my misgivings began to dissipate. It melted away with Akari’s soft lips on mine
「misgiving」は「不安、心配」、「dissipate」は「散らす、なくす、消費する」という意味になる。吹替版では「But then all my worries, my doubt started melting away. All that was left were Akari’s soft lips on mine.」となっている。
「この数年間、とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何を指すのかも、ほとんど強迫的とも言えるようなその思いが、どこから来るのかも分からずに僕はただ働き続け、気がつけば日々弾力を失っていく心が、ひたすら辛かった。」
For the last few years, I’ve been reaching out without knowing what I was aiming for. I don’t know what obsessed me to be so driven. I buried myself in my work. I could feel my heart was dying little by little.
「obsess」は「頭の中に取り付く」とか「強迫観念になる」という意味であり、情動帯「be obsessed with~」で「~が頭から離れない」となる。吹替版では「For the last few years, I wanted to move ahead. I was reaching for something I couldn’t have. But I didn’t even know what I was reaching for, couldn’t figure out where those kinds of thoughts came from, why they were threatening me like that. So, I just kept on working. It was hard and I could feel my mind losing its edge day after day.」となっていた。
「そしてある朝、かつてあれ程までに真剣で切実だった思いが、きれいに失われている事に僕は気づき、もう限界だと知った時、会社を辞めた。」
One morning, I noticed that my beliefs didn’t matter to me anymore. I knew I couldn’t go on anymore. So, I quit my job.
吹替版では「One morning, I realized I’d lost all the ambition I had. Whatever kept me going was now completely gone. I knew I’d reached my limit. So I quit my job.」となっていた。
篠原明里の名言、名台詞と英語表現
「ねえ。秒速5センチなんだって。桜の花の落ちるスピード、秒速5センチメートル。」
Hey…It’s centimeters per second. The speed of falling cherry blossom petals id 5 cm per second.
「秒速5センチメートル」の口火を切った明里の台詞。
この台詞は映画のタイトルにもなっており、第三話のタイトルにもなっている。
特に意味を考えなくても極めて美しいタイトルなのだが、なぜこの作品のタイトルは「秒速5センチメートル」なのだろうか?
ヒントとなるのは第三話の内容と、第二話「コスモナウト」で澄田香苗の台詞「時速5キロ」だろう。
花苗の台詞はロケットの部品を運ぶ貨物列車の速度であり、「貨物列車のゆっくりとした歩みの速さ」である。
そして最終話としての「秒速5センチメートル」は、満たされない日々を過ごしている貴樹が新たな一歩を踏み出すまでの物語であった。2つに共通するのは「歩み」である。
つまり、「秒速5センチメートル」とは「それでもなお懸命に生きた人々の目に見えない歩みの速さ」であり、貴樹が最終的にフリーランスとして生きる姿はその歩みの重要性を表している。
「恋愛」を中心として「秒速5センチメートル」を見てしまうとなにやら鬱々とするかもしれないが、立派に自立した貴樹の姿を忘れてはならない。あの姿こそが本質であろう。この辺の事は以下の記事にもまとめている:
英語表現としてはなんとも堅苦しい表現になってしまっている。ただ、「秒速5センチメートル」という表現も実は堅苦しいものなのでニュアンスとしてもあっているのかもしれない。我々は作品の内容にほだされて「秒速5センチメートル」を大変美しいタイトルだと思いこんでいるが、本来十分に堅苦しいものである。
あと、あまり我々が認識していない英単語として「petal」があるだろう。日本語の台詞から類推できるように「花びら」「花弁」という意味となる。
ちなみに、花びら周辺の英単語に「corolla」がある。「petal」が一つ一つの花びらを示すのに対して「corolla」はその集合体である「花冠(かかん)」を意味する。「corolla」はカタカナ語的には「カローラ」と発音する。我々のよく知るトヨタの「カローラ」はこの「corolla」から取られている。「人目をひく、美しいスタイルのハイ・コンパクトカー」という意味合いが込められている(参考:トヨタ自動75年史|車名の由来)。
「ねえ、まるで雪みたいだね。」
Hey, they look like snowflakes.
上の台詞の直後に明里が桜の花を形容して発した台詞。
この台詞は「桜花抄」の中ではラストの雪のシーンにつながるものとなっている。「桜花抄」のラストはクソ寒い雪の中であり、非常に状況は厳しいものであったが、彼らにとっては自分たちを凍えさせていたはずの雪さえも、なにか特別で温かいものに変わった。
一言で言うなら「何を見るか」が本質ではなく「誰と見るか」が大事とうことだろう。
また最終話「秒速5センチメートル」においても、雪が極めて印象的に描かれる。最終話での貴樹は極めて苦しい状況に置かれているため、雪に象徴される冬の寒さは彼をひどく孤独にさせている。そこに大切な誰かがいてくれるだけで世界の見え方は変わるのだが、彼にとって当時の交際相手である「水野理紗」はそれではなかったようである。
何れにせよ「一人で観る世界」と「誰かと見る世界」は、物理現象として目の前にあるものは同じでも、全く異なるものとして受け入れられということなのだろう。
英語表現としては特に面白いものはなかった。
澄田花苗の名言、名台詞と英語表現
「ただやみくもに空に手を伸ばして、あんな大きな塊を打ち上げて。気の遠くなるくらい向こうの何かを見つめて。」
Please… don’t be nice to me anymore.
意を決して貴樹に告白をしようとしていた花苗だったが、ぎりぎりになってそれが実らないことを悟ったようで、不意に泣き出してしまった時のモノローグ。
この台詞が個人的に好きとかなにか深いものを感じるということはないのだが、この直後に発射されるロケットのタイミングが良すぎていつもなにやらニヤッとしてしまう。
この状況下、流石に「こいつやっぱり俺のことが好きなんだな」という確信を得て有頂天になっている貴樹の心情そのものに見えてしまうのだ。「あっ。こいつ昇天してる」と。
もちろんそういうシーンではないということもわかってるつもりではあるんですよ!
あのロケットの有様は、はるか遠くに感じるなにかを手に入れようとする二人の心情、あるいはその憧れそのものを表しているのであって、昇天する貴樹のまぬけな内面を象徴するものではない。
でもなんか貴樹の昇天に見えてしまうのだからしょうがない。あまりいい視聴の仕方とはいえないかもしれないが、一度こう思ってしまうとその思いを払拭することができない。
なんというか・・・新海監督ごめんなさい。
英語表現としては面白いものはなかった(吹替版でも表現は同じであった)。
水野理紗の名言、名台詞と英語表現
「1000回もメールをやり取りして、たぶん心は1センチほどしか近づけませんでした。」
We must have exchanged 1000 emails. But our hearts only got closer by 1 centimeter.
正確には水野理紗の台詞ではなく、彼女が貴樹に送ったメールを彼自身がモノローグの中で読む形で登場したものになっている。
で、なんというか・・・正直怖ぇーよ!なんとなく関係の終わりが見えているところにこんなポエムメール送られてきたら怖ぇーよ!
私が予想するに水野理紗はこの別れのメールだけでなく、日頃からこんなメールを送っていたのではないだろうか。文章量も多くて10000万字メールなんかも平然と送ってきていたに違いない。
ここで少々話がずれるが、「秒速5センチメートル」には二通りの見方が存在する。一つは時系列順に本当におこったことを我々が追体験しているという見方。もう一つは貴樹の回想を体験しているという見方。
普通は前者だと思って見るものと思うが、私にとっては後者の物語である。そしてそのように考えると「秒速5センチメートル」本編中に散りばめられた貴樹の純文学モノローグは水野理紗の影響によるものではないかと勘ぐることができる。
それがどんな関係出会ったとしても、結局人は誰かの影響を受けながら生きていくものだということなのだろう。
貴樹も付き合っている最中は少々面倒に感じていたかもしれないが、フリーランスとして独立した後には結構いい思い出になっていたに違いない。それも人の強さというものである。
字幕の英語表現としては特に面白いものはなかったが、吹替版では「Even after exchanging 1000 text messages, our hearts only got 1 centimeter closer to each other.」となっていた。
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