「老後の資金がありません!」は2021年に公開された主演 天海祐希、監督 前田哲による劇場用作品である。原作は2015年に刊行された垣谷美雨による同名小説「老後の資金がありません」(ビックリマークなし)。
私は映画館の予告編で作品を知ったのだが「老後2000万円問題」が出た瞬間に「ああ、いいわ」と思ってしまった。つまり、いわゆる説教映画なのだろうなと思ったわけである。
実際そういう側面はあるしそういう映画にもなっているのだが、最も大事なことは、そういった問題をきっかけとして利用している積極的なコメディーとなっているということだと思う。それを笑えるかどうかは人によるのだが、「老後2000万円問題」に引っ張られずに作品を見ることのほうが大事だと思う。
ただ一方で、「老後2000万円問題」のお陰でこの作品に不思議な魔法がかかっており、その魔法によるミスリードがこの作品の魅力の一つとなっている。
今回はそんな「老後の資金がありません!」のあらすじ、キャストを振り返りながら、この映画が何故面白いのいかを語っていこうと思う。
「老後の資金がありません!」のあらすじ
簡単なポイントまとめ
「老後の資金がありません!」のあらすじのポイントを短くまとめると以下のようになるだろう:
- 物語の主人公は後藤篤子(53)。夫の章、娘のまゆみ、息子の勇人と暮らしており、預金残高は700万程度。
- 義理の父の葬儀費用を全額負担することになり約400万を失う。
- そんな中で突如結婚を言い出した娘の結婚式費用費用が必要となる。
- 夫の会社が突如倒産。
- 義理の妹夫婦へしていた仕送り9万円を削減するために義理の母 芳乃との同居を開始。
- 芳乃は「節約」とは無縁の浪費家だった。
- しかも「劇場型詐欺」にあい、せっかくの結納金100万円を失う。
- 30万円欲しさに、篤子と芳乃はヨガ教室の共通の友人サツキが企てた「年金不正受給詐欺」一歩手前の計画にのる。
- 計画は失敗したが、それを契機に篤子と芳乃の中は極めて良好なものとなる。
- 心臓の痛みで倒れるという経験をした芳乃は生前葬を実行。そこのスピーチで篤子への心からの感謝を述べた。
- 篤子と芳乃にある種の対抗意識を持っていた章の妹 志津子が芳乃との同居を申し出る。芳乃もそれを受入れた。
- その後、章は旧友 天馬の会社での仕事を得る。息子も実家から会社の寮に映る決断をする。
- すでの娘も家を出ており、二人きりになった篤子と章は「シャアハウス」での生活を開始。
- 家の売却益によって、預金残高は1400万円となった。
ここからは「老後の資金がありません!」のあらすじをもう少し詳しく見ていこう。
度重なる不運
物語の主人公は後藤篤子 53歳。夫の章、娘のまひみ、息子の勇斗の4人で暮らしている。
パートをしながら家計を取りきっていた篤子だったが、義理の父が亡くなったことから全てが狂い出す。
義理の両親はケアマンションで生活していたが、基本的には義理の妹夫婦が面倒を見ており、様々な出費を負担しきた。篤子の側も毎月9万円の仕送りをしていたのだが、結局押し切られてしまい、葬儀の費用を全額負担することになる。
結果的な負担額は約400万。700万あった預金の半分以上を失うことになった。
そんな中、まゆみが結婚すると言い出す。相手は餃子チェーン店経営者の息子で「バンドマン」の松平拓馬。親の意向もあり、結婚式は豪勢なものにしたいという。
祖父がなくなったばかりなのだからと説得し結婚式そのものは半年後となったが、結婚式費用の負担というあらたな悩みのタネがふえてしまった。
それで終わればよかったが、夫 章の会社が倒産。その直前に篤子も「契約期間満了」を理由にパートを失っており、収入源を同時に2つ失う憂き目にあってしまう。それでも篤子はすぐにコンビニバイトを見つけるが、慣れない仕事にままならない日々を過ごすことになる。
すでに300万しかなくなった預金を切り崩す生活に突入し、毎月行っていた9万円の仕送りの停止をもうしでるが、話はなかなかまとまらない。
売り言葉に買い言葉で、篤子は義理の母 芳乃との同居を提案。芳乃もそれを受入れ、後藤家での生活が始まる。
贅沢な義母
義理の母との新たな生活には不安もあったが、後藤家に来てすぐ、芳乃は通帳と印鑑を篤子に手渡し「毎月6万の年金があるから自由に使ってほしい」と提案した。
ただでも収入がほしい篤子はそのことに安堵するのだが、すぐに状況は破綻する。
老舗の和菓子屋の嫁として贅沢な生活をしてきた芳乃にはそもそも蓄えなどなく、毎月平然と高額な商品を購入するため、「6万円の年金」などあってないようなものであることが判明する。
義理の父の死を契機に高額な出費が続いた後藤家だったが、まゆみの結婚に伴う結納金100万円という臨時収入が手に入る。
焼け石に水程度の額ではあるが、夫が無収入とう状態にあって貴重なお金であった。
そんな折、芳乃は「孫」を名乗る人物からの電話を受ける。ピンときた芳乃はすぐさま孫の勇人に連絡。芳乃が受けた電話が「振り込め詐欺」であることが発覚する。勇人も警察に連絡を入れてくれた。
警察の対応も早いもので、芳乃のもとに2人の警察官が到着。犯人を逮捕するために協力してほしいと、説得。芳乃は結納金 100万円を手に警察と共に家を出た・・・。
結局その警察官も詐欺師であり所謂「劇場型詐欺」に引っかかってしまう。後藤家は積極的な悪意によって貴重な100万円を失うことになってしまった。
踏んだり蹴ったりの状態の篤子は、実の両親に生活費の援助を求めることにする。ところが、久々に帰った「スイカ屋」だったはずの実家はなぜか「サーフショップ」となっており、両親はその開店のために銀行から借金までしてる始末。結局資金援助は受けられなかった。
シェアハウス
なんとしても仕事を探さなければならない章は、工事現場での交通整理の職を見つける。
その現場で章は山崎なる人物と出会う。山崎は元銀行員で、定年退職を期に妻に離婚を切り出され、現在ではシェアハウスで生活している。
山崎の暮らすシェアハウスでは、子持ちのキャバ嬢など多様な人々が生活していた。酔っ払った山崎を家まで送り届けた際、章もシェアハウスの人々と出会い、一宿一飯の恩義を受ける。
その御礼にと篤子も章と共にそのシェアハウスを訪れ、人々の生活を目にする。そこで篤子は不思議な暖かさを感じつのだった。
年金不正受給詐欺
篤子は定期的に通っているヨガ教室の友人 神田サツキから父親に関する相談を受ける。芳乃も同じヨガ教室に通っており、篤子と2人でサツキの相談を受けることにする。
サツキは母の死後、父 大泉健三と共に暮らしているのだがどうにもそりが合わず、数日前の大喧嘩を期に父親は家を出ていってしまった。
ところが、役所の年金不正受給対策としての本人確認の日が迫っておりそれをなんとか突破したいとサツキが言い出した。形式的には役所を騙すことになるのだが、実際に父は生存しているので実質的な詐欺ではないとの理由から、なんとか手を貸してほしいという。
妙な商売っ気がでた芳乃は、30万円で代役を引き受けることにする。
本番当日、絶妙な男装を施した芳乃はうまいこと役所の人間を騙していたのだが、そこに大泉健三本人が登場。自体は風雲急を告げる。
大混乱する現場から篤子と芳乃はなんとか逃げ出すことに成功。
思わぬ結果に終わってしまったが、「危険な遊び」を共有した篤子と芳乃はむしと打ち解けていくのだった。
その事実を知った章は、そんなことをさせてしまった自分を恥、状況の打開を決断。かつての同僚で、今では独立して起業を果たしている天馬に相談を持ちかけることを決める。
章は天馬に複雑な感情を抱いており、天馬に相談を持ちかけることはそのプライドが邪魔して実現できていなかった。それでも家族のために、章はそのプライドを捨てる覚悟がようやくできたようだった。
生前葬
ある日、芳乃は胸の痛みに倒れてしまう。それからニトログリセリンを持ち歩く生活に移行するが、そんな日々の中で芳乃は「生前葬」を思いたつ。
芳乃との関係が非常に良好になっていた篤子だったが、義理の父の葬儀での出費が頭をよぎり、強固に反対する。
多くの人が生前葬に出席する事になったのだが、篤子だけは出席を固辞した。
生前葬当日、コンビニバイトから帰った篤子はニトログリセリンのピルケースを発見。何かあってはならないと、ピルケースを手に会場に走る。
篤子が会場についたことには生前葬は、しめくくりの芳乃スピーチが始まっていた。
結局何事もなかったことに安堵する篤子だったが、芳乃の口から語られた自分への感謝の言葉にたまらず飛び出してしまった。
結局芳乃はピルケースを変えただけだったことも明らかになり、生前葬は無事に終了するのだった。
夫婦の決断
生前葬の後、章の妹 櫻井志津子から「母と同居したい」という申し出が来る。生前葬での母のスピーチを聞いて、篤子に対してある種の対抗心が芽生えてしまったということもあるのだが、芳乃はその申し出を快く受入れた。
母 芳乃が去った後、章は旧友天馬と酒を飲み交わす。
天馬本人も章に対して複雑な感情を持っていたことがわかり、2人は和解。章は天馬の会社で職を得ることができた。
その夜、篤子、章、勇人の三人でささやかな祝いを行う。その席で息子の勇人が会社の寮に入ることを告げる。
二人っきりの生活となる篤子と章は家を売却し、シェアハウスでの生活を決断する。
300万まで目減りしていた預金は住宅の売却によって1400万にまで増えていた。
おわり
「老後の資金がありません!」の面白さ
落ちを推測するミステリー
「老後の資金がありません!」は物語の序盤から、お金に関する絶妙な不幸が連続する。起こった順にまとめると、
- 篤子の義理の父の葬式代を全額負担。
- 篤子のパートの契約終了。
- まゆみの結婚資金の捻出。
- 章の会社が倒産。
- 篤子の義理の母が劇場型詐欺にあい、結納金100万をだまし取られる。
映画開始当初700万ほどあった預貯金は急激に減っていくこととなる。篤子の両親も資材を投げ売って誰も来ない「サーフショップ」を開店し銀行に借金までしており、資金援助をしてもらえない状態だった。
この映画最大の謎にして最大のフィクションはやはり篤子の両親だろう。彼らは「サーフショップ」を回転するに当たり、すいか畑を撃った資金以外に銀行から借金をしていると語っている。彼らはどうやって銀行の融資を得たのだろうか。今どきあんな店を出すために融資する銀行があるとは思えない。どんな事業計画を出して銀行を騙したのだろうか?
ここまでの絶妙な不幸が続くと、見てる方も少々不安になってくる。つまり「こいつらはどうやって老後の2000万円を貯めるのだろうか?」という疑問が湧くのである。
物語の序盤は「この状況をどのように乗り越え、最終的な落とし所をどこに設定しているのか」ということを見る側が推理するある種のミステリーとして見るのが良いのだと思う。
しかし、映画の顛末を見ると「2000万円問題」というものが単に物語のきっかけに過ぎず、「2000万円をどのように捻出するのか」という疑問そのものが見事なミスリードによって植え付けられたフェイクである事がわかる。
ではこの映画の顛末はどのような意味を持っていただろうか?
我々に必要なのはコミュニティである
「老後の資金がありません!」のラストは、篤子と章が「シェアハウス」という小規模コミュニティに身をおくことを選択することで終了する。
そしてわざわざナレーションで「老後2000万円問題」に言及し、我々の老後に本当に必要なのは2000万円お金なのかという疑問を投げかける。
「シェアハウス」という選択の是非や、自分自身がそれに同意できるかどうかはそれぞれ立場があると思うが、この映画における「シェアハウス」という選択肢が投げかけているメッセージは「現実の社会で生きる我々自身が『老後2000万円問題』という分かりやすい標語にミスリードされていませんか?」ということなのだと思う。
そしてこのメッセージが提示された瞬間に、この映画は不思議な構造をもっていることに気がつくことになる。
映画の持つ二重構造
結局「老後の資金がありません!」という映画がどういう構造を持っているのかというと、
「老後2000万円」問題を物語のきっかけに持ってくることによって我々視聴者に「どうやって苦難を乗り越え2000万円を貯めるのだろう」という誤った目線を提供し、その疑問と絶妙にずれた結末を用意することによって、現実社会で実際に発生しているミスリードに気づかせる
ということになるのだろう。実際私は見事にミスリードされたので「お見事!」というほかない。
それでもやっぱりお金は大事
このように見事な二重構造を持った本作ではあるが、過度にお金を心配してそれ以外のことを考えられなくなるとか、必要以上に不安を煽る状態に対して「否」を突きつけていると考えるべきだろう。
「金、金、金」は確かに問題かもしれないが、やはりお金は大事である。適切な計画を立てて、日々の出費を見直し、できる限りの資金を老後のために準備することはとても大事なことである。そしてそれはできるだけ早くはじめたほうが良い。
ようはバランスが大事ということになるだろう。お金のことから目をそむけてはいけない。
許しがたい劇場型詐欺
ここまで映画の全体的な話をしてきたのだが、「老後の資金がありません!」を見ていて妙に胸に突き刺さったのは篤子の義理の母 芳乃が「劇場型詐欺」に引っかかる場面だった。
テレビドラマや映画で同様のシーンは何度も見てきたはずなのだが、これまで見た「劇場型詐欺」の中で最も悲しかったし、腹が立った。
それは後藤家に降りかかる様々な不幸を通じて感情移入が進んでいた事が理由かもしれないのだが、街の中で立ちすくむ芳乃の姿は悲しすぎた。
その後をコミカルに映画いてくれたことが救いとなったが、この辺も妙に見事な部分だったと思う。
おまけ:生前葬で終わってもよかった
「老後の資金がありません!」には「老後に必要なのはコミュニティ」という作りてからの「答え」が一応存在している。
そしてそれは「二重構造」を作る上でとても重要なのだが、個人的には生前葬で終わっても良かったような気もしている。
生前葬で終わると「後藤家の状況は根本的に何も解決していないままになんとなく終わる」ということになるのだが、それはそれで現実というものをうまく捉えているということもできるのではないだろうか。
結局答えは自分で見つけなければならないのだから、生前で終わって「あとはお前らで考えろ!」でも映画としては成立するし、この映画のコミカルな雰囲気にもあっていると思う。
もちろんこのように考えるのは、作りてからの「答え」が提示されているからであって、「後はお前らで考えろ!」という終わり方だったら「何かしら答えは提供すべきだ!」と言っていたかもしれない。いや、言っていたに違いない。
消費者とは誠に勝手な存在である。
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