「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」2015年に公開された押井守監督による劇場作品である。それに先駆けて、2014年4月から2015年1月までの間に全12話+1話の前日譚が7回に渡って公開された。
「パトレイバーの実写化」ということで、当時期待と不安が入り交じる中で作品を見ていた。私は個人的にこの実写化はとても好きなのだが、知人の中には「パトレイバーを『面白くない』と思うのが怖いから見ることでできない」といっている人もいた。私よりも「パトレイバー」に対して深い愛情があったいうことだが、こういう思いに共感できる人のほうが多いかもしれない。
今回はそんな「実写版パトレイバー」の完結編である「首都決戦」の最重要人物である灰原零について考えていこうと思う。
なんとも「押井守らしい存在」ということができるのだが、そもそも「首都決戦」は何故あのような物語になったのか、そして灰原零は何故あのような存在として描かれたのか。
その答え出す前に、まずは登場人物とあらすじを振り返ってみよう。
以下あらすじと言っても全部話してしまうので、ネタバレが嫌な人は途中まで読んで本編を見てください。
「THE NEXT GENERATION パトレイバー」の登場人物とキャスト
短編シリーズを含めた特車二課関連の登場人物は以下のようになっている:
名前 | 担当 | キャスト |
---|---|---|
後藤田 継次(48歳) | 隊長 | 筧利夫 |
泉野 明(22歳) | 一号機操縦担当 | 真野恵里菜 |
塩原 佑馬(26歳) | 一号機指揮担当 | 福士誠治 |
大田原 勇(38歳) | 二号機操縦担当 | 堀本能礼 |
カーシャ(25歳) | 二号機指揮担当 | 太田莉菜 |
山崎 弘道(37歳) | キャリア担当 | 田尻茂一 |
御酒屋 慎司(36歳) | キャリア操縦 | しおつかこうへい |
シバ シゲオ(59歳) | 整備班長 | 千葉繁 |
淵山 義勝(58歳) | 整備班副長 | 藤木義勝 |
短編及び劇場版の舞台は2013年。すでに特車二課第二小隊は三代目となっており、隊長の後藤田 継次(ごろうだ けいじ)は後藤隊長と面識のある後輩である。
また、短編が収められているBlu-rayの特典映像で押井守本人が語っている通り、初代と面子は変わっているものの、根本的なキャラクター性は変わっておらず、我々が愛したドタバタ劇が並行して描かれている。
また、彼らを「キャラ付け」する極端な性質としては、
- 泉野明はゲーマー
- 塩原佑馬はミリオタ
- カーシャは愛煙家の酒豪で優れたスナイパーなロシア人、
- 大田原勇は真面目なアル中、
- 山崎弘道は優しい巨漢、
- 御酒屋慎司は真面目に見えるだけのギャンブラー
- シバシゲオは先代を崇拝する生き字引、
- 淵山義勝はシバを崇拝する面倒な副長
となっている。大事なことは、短編においては隊長である後藤田になんの特徴も与えられていないということであろう。
これまでの「パトレイバーシリーズ」の中で言及されてきたように「特車二課」に配属されるということはキャリア組にとっては島流しであり、不名誉なことである。
したがって、本来的にはその優れた情報処理能力をもって「なんとなく仕事をしているふりをする」という後藤田の姿が自然ではあるかもしれない。もう明確な出世の目は無いのだから(あいつなにやらかしたんだろうな)。
一方で、先代の後藤隊長や南雲隊長は極めて一生懸命に仕事をしていた。
劇場版の前段として描かれた短編は結局のところ、後藤田が「それでもなお」人々のために生きる理由を模索する物語だったということができるだろう。
警察は縦社会である。そして本作の第二小隊の面々も初代に負けず真面目な連中である。したがって、隊長がどのような人であるかでその様相は変わってしまう。
したがって、後藤田隊長は劇場版においてどうしても「隊長」になってもらわなくてはない。
そのために12話を使ったばかりか、劇場版においても半分近い時間を費やしている。12話分の前提があるからこそ「たった半分で済んだ」といえるかもしれないが、後藤田が後藤や南雲と同じ判断を下すことに対するリアリティを出すことが実写版にとって重要な課題であったことが見て取れる。
いずれにせよ「パトレイバー」という物語を推進するためにはどうしても「隊長」という存在が必要であるということが、この実写版で明らかにされているということができる。
また、劇場版に置ける第二小隊以外の主な登場人物は以下のようになっている:
名前 | 担当 | キャスト |
---|---|---|
高畑 慧 | 警視庁公安部第三課 | 高島礼子 |
灰原 零 | グレイゴーストのパイロット | 森カンナ |
小野寺 | テロの主謀者 | 吉田鋼太郎 |
南雲しのぶ | UNHCRスタッフ | 渋谷亜希(声:榊原良子) |
高島礼子がただただ美しかったが、以下の文章で本質になるのは森カンナが演じた灰原零である。
その考察に移るまえに、「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」のあらすじを振り返ろう。
「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」のあらすじ(ネタバレあり)
レインボーブリッジ爆破
柘植行人によるクーデター未遂事件から13年たった2013年。うだつの上がらない特車二課第二小隊の面々は慰安旅行で熱海に来ていた。
そんな折、レイボーブリッジで爆発事件が発生。犯行予告があったため人的被害はなかったものの、大きな損害を被ることとなった。
東京の緊急事態に際しても、特車二課には特段の命令が下ることはなく、彼らは熱海旅行を続けるのだった。
グレイゴースト
東京に戻った特車二課を警視庁公安部の高畑が訪れる。
高畑が持ち込んだ映像資料により、レイボーブリッジ爆破は光学迷彩を搭載した戦闘ヘリ「グレイゴースト」によるミサイル攻撃であることが分かった。
高畑によると、レイボーブリッジが攻撃される3日前に陸自が評価運用していた「グレイゴースト」が突如失踪、公安部は柘植行人のシンパによる犯行と睨んでいた。高畑は後藤田に捜査協力を要請。特車二課を去っていくのだった。
高畑が後藤田に渡したデータによると、現在「グレイゴースト」を操縦していると目されているのは失踪当時の操縦担当であった灰原零。彼女は性向に問題があったものの、ヘリの操縦に関しては一種の天才であった。
後藤田はズルズルと事件に足を踏み込んでいくこととなる。
復活の第二小隊
事件に対して本腰を入れられずにいた後藤田は、前第一小隊隊長の南雲しのぶに接見したことで覚悟を決める。
後藤田の号令のもとに、特車二課第二小隊は再び「正義の味方」として動き出す。
彼らの最初のミッションは、公安部が発見した柘植シンパらのアジトに対する違法な「かちこみ」。そしてそれは、辺りに待機しているであろう高畑たちが現場に介入するための状況を作るためだけのものだった。
レイバー小隊であるはずの彼らは、レイバーにも乗らずアジトに潜入。途中参戦した公安部と共に賢明に制圧を試みるもすんでのところで「グレイゴースト」と灰原に逃げられてしまうのだった。
決戦
翌日、上層部に無断で実行された「かちこみ」を問題視された後藤田は警視庁内で査問にあっていた。
時を同じくして再び動き出した「グレイゴースト」は特車二課を襲撃。査問中にその連絡を受けた後藤田は前任者等と同様に独自の行動を取ることを宣言するが、それと同時に「グレイゴースト」が警視庁を襲撃する。
「グレイゴースト」はその後も都庁といった主要な高層ビルを襲撃し続け、自衛隊の戦闘ヘリがその制圧を試みるもまったく歯が立たなかった。
一方第二小隊は、後藤田の機転で移動させてあったイングラム2機をこれみよがしに都内で牽引しながら東京ゲートブリッジへ向かう。
灰原がただ一人異なる動機で状況に参画していると考えた後藤田は、イングラムが無事であることが分かれば必ず食いつくと考え、被害が最小限になると思われた東京ゲートブリッジを決戦の地と決めていた。
そんな時、高畑から「灰原零の墓が見つかった」と連絡が入る。享年13歳。病死であった。
後藤田は眼の前の「敵」を見失いそうになりながらも、作戦を継続する。
「グレイゴースト」の苛烈な攻撃にギリギリ耐え抜く第二小隊。
最後は一号機 泉野明が放った一撃によって「グレイゴースト」を撃墜し、事件は解決を迎えるのだった。
…
「グレイゴースト」からうまく脱出したのであろうか。不敵な笑みを浮かべながら東京湾を泳ぐ灰原。彼女は一体何者だったのだろうか?
「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」の考察
ここからは本作品における「灰原零」とは何だったのかを考えていこうと思うが、その前に劇場版パトレイバーで描かれた「Tokyo War」を振り返り、そこで描かれた「灰原零的なもの」を思い出そう。それが結果としてこの映画の持つ意味合いを理解することに繋がると思う。
「故郷としての東京」が守られる物語としての「Tokyo War」
本作に至るまでの劇場版で描かれたものを端的にまとめると、
- 1作目では、自らが愛した「東京」の姿が失われていくことに対する怒り。
- 2作目では、そんな東京が「今」という状況に甘んじていることに対する批判。
と言えるだろう。
ここで重要になるのは、その物語を支えている「不可思議な存在」である。劇場版1作目では帆場暎一、2作目では最初に登場した米軍機。
帆場暎一は物語が始まるとともに自殺したのにもかかわらず、わざわざ最終盤でまだ生きてるかもしれない演出がなされる。そして、ベイブリッジを爆撃した米軍機の消息は全く語られない、あんな大事件を発生させたのに。
帆場暎一も米軍機も、どう考えても存在しているのに、どこか幽霊のような怖さがそこにある。
そしておそらくそういう存在として描かれている。
帆場暎一や米軍機には「実行犯」としての側面の他にある種の「怨念」の象徴としての役割が与えられている。
劇場版1作目においては「東京の風景が失われていくことに対する悲しみ」、2作目においては「そこにある破壊衝動」といった集合的無意識の象徴が帆場暎一と米軍機である。
そして、劇場版1作目における裏話も少し大事になってくるだろう。
かつて放送された「BSアニメ夜話」のなかで、企画・メカニックデザインを担当した出渕裕氏が、押井守監督が帆場暎一は本当はいなかった存在にしたがっていたという話が出ていた(それは全力で止められた)。
最終的にはある種の折衷案として劇場版1作目の絶妙なラストの演出になったということだろう。
そして、押井守にはやりたくてもできなかったことがあったということになる。
ここまで考えてくると、灰原零とは何だったのか、そして実写版のパトレイバーが何故あのような作品になったのかが分かってくる。
灰原零、そしてグレイゴーストとは何だったのか?
「首都決戦」を一言で述べるならば「パトレイバー2の実写化」という事もできるだろう。ベイブリッジの代わりにレインボーブリッジが爆撃され、その実行犯たちは柘植のシンパであったということからも明らかである。
理由として考えられるのは、映像表現として極めてクオリティーの高かったアニメを実写化するという挑戦に意味があるということと、「警察官の物語としてのパトレイバー」の究極がクーデターの鎮圧にあるということになると思う。
しかし、「パトレイバー2」には灰原的な存在はなかったし、謎の存在が首都を攻撃し続けることもなかった。
となると、「首都決戦」は「パトレイバー2」以外の要素も入っていると考えるのが自然だろう。
ではその「要素」とはなにか? もちろんそれは、1作目の劇場版における帆場暎一という存在である。
つまり、押井守は、いないことにしたかった帆場暎一の復讐戦を灰原零で行った。
さらに、グレイゴーストは帆場暎一がOS内に仕掛けたウィルス(というか仕様)の類似であって、彼が持っていたある種の破壊衝動が具現化したものと言えるだろう。
またその逆に、あの戦闘ヘリがグレイ「ゴースト」と呼ばれている事によって、帆場暎一やOSに仕込まれたギミックが、東京という状況に対する憎しみを持った怨霊のようなものであったことも分かるのではないだろうか。
結果的に「首都決戦」は、それまでの劇場版2作品(WXIIIを除く)を実写化したことになっている。自分が監督したアニメーションの実写化を自分で行っているのだから、これほど幸せなことは無いだろう。
多くの人が望みながらできずにいることなのだから。
以上が「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」そして実写版パトレイバーについて個人的に思ったことである。
なんやかんやと一番大事だったことは「隊長が隊長になっていく過程」が描かれていたことであったように思う。そしてその事によって、ただの警察官であった特車二課の面々を「正義の味方」にしたのが後藤隊長と南雲隊長であったことが深く理解されたように思う。
「パトレイバー2」は多くの登場人物が「キャラクター」から「人間」に戻る物語であったと思うが、後藤や南雲の持つ「隊長」というキャラクター性は依然として「そういうもの」として説明なく利用されていた。
この実写版によって、彼らの持つ「隊長」というキャラクター性も十分地に足ついたものになったのでは無いだろうか。後藤や南雲も、きっと後藤田のように悩んだのさ。最初はやさぐれながらね。
皆さんにとって実写版パトレイバーはどのような作品であっただろうか。
この記事を書いた人
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